さしおうぎ歴史散策の会

指扇地区の神社、お寺、祠、お地蔵様などの歴史、言い伝えを教えてください。

2013年06月

SL

平成20年8月12日火曜日 午前11時ごろ 花園町の小学校近くで 踏み切り待ちをしていたら 目の前を SLが 通過していきました 驚いたのなんの 目の前をSL(デゴイチかな)が通るなんて

SL

上尾清真寺

上尾平方 立派な山門 上尾市の文化財の仏様の清真寺(ここの墓地はすべてが 南向きに立ってます 非常に珍しい?)だいぶ前ここの住職 平川先生(原市中学 教頭時代) とは度々お会いできたことを感謝しております。

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上尾清真寺


清真寺から北へ 平方の公民館前 に観音堂があります もともとは正覚寺というお寺(天台宗)が北側にあって 明治初年に廃寺となってしまい この お堂だけが残りました、ここに「森 朴斎」という人の墓と碑があります。この人は弘化年中 1844~48 といいますから江戸時代末期 平方の名主 永島太重朗の家に足を留めた旅人 文人墨客 諸国行脚の人が その人 森 朴斎 です この人はもともと桑名藩の医師であったそうな 正覚寺では寺子屋 の遺跡として1700年ごろから・・・・・

この正覚寺の住職 純智(じゅんち)和尚  正徳3年(1713年)没 卵型の墓で6角形の台石には「施主 平方手習子五十三人」と記されてます。歴代住職の墓の中で 手習子で施主になるのは 寺子屋をしていたのだろうと推測されます このような 筆子 手習い子 達が師匠を慕って建てた墓や記念碑を 「筆子塚」 と言います。


平方船着き場の遊郭 橘神社(どろいんきょ)馬蹄寺 (大きなモッコクの木が有名ですが 墓石の中に 江戸時代の女性の名前の多く残る墓石 無縁仏 年齢8歳 12歳 等々 若くして死去 WHY 出身地は奥州 東北地方が多いということは 口減らしで・・に?)


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上尾 馬蹄寺


また 平方 堤崎にある車地蔵 は江戸時代の隠れキリシタンの十字架・?との説も ウキウキ 等々謎が謎を? ? ? ? ? ? ?

指扇散策

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指扇散策コース 1


書成 前集合 → 琵琶島氷川神社→赤羽根荒沢不動→ 県指定遺跡大塚古墳→養福寺(童の道祖神)→ 小山本家酒造→ 永田家長屋門ささらこ塀→川越線路面電車(ごうど 合土)→ 焼き肉龍欄 解散(豚汁?の振る舞いが有ります)


※参加者全員に「散策1参加章」


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散策コース 2

ロンシャン 前集合(お茶の接待)→ 奈良時代創建 さしおうぎ薬師福正寺→宝来 明神社 → 福寿庵の 百観音→ 金子山城→関東総社 火伏せの神 秋葉神社→元禄時代創建 秋葉天神社 → 妙玖寺(山之内一族 家臣団の墓所)→ 山之内家中釘陣屋跡→ 秋葉中店 解散 (豚汁?の振る舞いがあります)


※ 参加全員に「散策2参加章」


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講師 元埼玉県埋蔵文化財センター
    元埼玉県さきたま古墳資料館副館長  昼間孝次 先生
    前川口芝園中学校 浦和学園元講師  梅原 武 先生


    会長 指扇歴史散策の会会長 日本お城研究会会長 日本スポーツ少年団Bコース指導者 元日本スポーツ少年団上尾指導者協議会副委員長 上尾市エキサイトスポーツ少年団リーダー会長 日本体育協会体力測定判定員 埼玉県子ども会集団指導者 埼玉県ヴィバルディ ブロックフレーテアンサンブル チェロ担当 埼玉県うどんを美味しく食べる会 曉泉氏 小林 暁雄

元号・西暦年代順早見表

指扇近辺にある歴史的遺物に刻まれている元号は大凡 弘安 以降であることが多いようです。道すがら石碑などを見掛けたら、年号を確認してみるのも一興ですね。

西暦

元号

継続
年数
天皇
代数
時代
1278~1288弘安 こうあん11139
1288~1293正応 しょうおう6140
1293~1299永仁 えいにん7141
1299~1302正安 しょうあん4142
1302~1303乾元 かんげん2143
1303~1306嘉元 かげん4144
1306~1308徳治 とくじ3145
1308~1311延慶 えんぎょう4146
1311~1312応長 おうちょう2147
1312~1317正和 しょうわ6148
1317~1319文保 ぶんぽ3149
1319~1321元応 げんおう3150
1321~1324元亨 げんこう4151
1324~1326正中 しょうちゅう3152
1326~1329嘉暦 かりゃく4153
1329~1331元徳 げんとく3154鎌倉時代
1331~1334元弘 げんこう4155
1332~1333正慶 しょうけい3157
1334~1336建武 けんむ5158
1334~1336建武 けんむ5159室町時代、
南北朝
1336~1340延元 えんげん5160
1338~1342暦応 りゃくおう5161
1340~1346興国 こうこく7162
1342~1345康永 こうえい4163
1345~1350貞和 じょうわ6164
1346~1370正平 しょうへい25165
1350~1352観応 かんおう3166
1352~1356文和 ぶんな5167
1356~1361延文 えんぶん6168
1361~1362康安 こうあん2169
1362~1368貞治 じょうじ7170
1368~1375応安 おうあん8171
1370~1372建徳 けんとく3172
1372~1375文中 ぶんちゅう4173
1375~1381天授 てんじゅ7174
1375~1379永和 えいわ5175
1379~1381康暦 こうりゃく3176
1381~1384弘和 こうわ4177
1381~1384永徳 えいとく4178
1384~1392元中 げんちゅう10179
1384~1387至徳 しとく4180
1387~1389嘉慶 かけい3181
1389~1390康応 こうおう2182
1390~1394明徳 めいとく5183
1392~1394南北朝統一「明徳」を使用4184
1394~1428応永 おうえい35185
1428~1429正長 しょうちょう2186
1429~1441永享 えいきょう13187
1441~1444嘉吉 かきつ4188
1444~1449文安 ぶんあん6189
1449~1452宝徳 ほうとく4190
1452~1455享徳 きょうとく4191
1455~1457康正 こうしょう3192
1457~1460長禄 ちょうろく4193
1460~1466寛正 かんしょう7194
1466~1467文正 ぶんしょう2195
1467~1469応仁 おうにん3196戦国時代
1467~1487文明 ぶんめい19197
1487~1489長享 ちょうきょう3198
1489~1492延徳 えんとく4199
1492~1501明応 めいおう10200
1501~1504文亀 ぶんき4201
1504~1521永正 えいしょう18202
1521~1528大永 だいえい8203
1528~1532享禄 きょうろく5204
1532~1555天文 てんぶん24205
1555~1558弘治 こうじ4206
1558~1570永禄 えいろく13207
1570~1573元亀 げんき4208
1573~1592天正 てんしょう20209
1592~1596文禄 ぶんろく5210
1596~1615慶長 けいちょう20211
1615~1624元和 げんな10212江戸時代
1624~1644寛永 かんえい21213
1644~1648正保 しょうほ5214
1648~1652慶安 けいあん5215
1652~1655承応 じょうおう4216
1655~1658明暦 めいれき4217
1658~1661万治 まんじ4218
1661~1673寛文 かんぶん13219
1673~1681延宝 えんぽう9220
1681~1684天和 てんな4221
1684~1688貞享 じょうきょう5222
1688~1704元禄 げんろく17223
1704~1711宝永 ほうえい8224
1711~1716正徳 しょうとく6225
1716~1736享保 きょうほ21226
1736~1741元文 げんぶん6227
1741~1744寛保 かんぽう4228
1744~1748延享 えんきょう5229
1748~1751寛延 かんえん5230
1751~1764宝暦 ほうれき14231
1764~1772明和 めいわ9232
1772~1781安永 あんえい10233
1781~1789天明 てんめい9234
1789~1801寛政 かんせい13235
1801~1804享和 きょうわ4236
1804~1818文化 ぶんか15237
1818~1830文政 ぶんせい13238
1830~1844天保 てんぽ15239
1844~1848弘化 こうか5240
1848~1854嘉永 かえい7241
1854~1860安政 あんせい7242
1860~1861万延 まんえん2243
1861~1864文久 ぶんきゅう4244
1864~1865元治 げんじ2245
1865~1868慶応 けいおう4246
1868~1912明治 めいじ45247近代
1912~1926大正 たいしょう15248
1926~1989昭和 しょうわ64249
自己紹介

rekishi339

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